『OPEN DX』で語られたデジタルネイティブ企業ならではのDXと生成AIの活用法
デジタル変革、DXをテーマに、これまでシリーズ総計で200時間を超える映像コンテンツをオンライン配信してきた『OPEN DX』。その最新作となる『OPEN DX THE FINAL』が 2024年9月27日から配信開始となりました。株式会社セブン‐イレブン・ジャパン、パーソルキャリア株式会社、大日本印刷株式会社など、DX先進企業の取り組みを各社のDX施策を推進してきたリーダーたちが忌憚なく語りあうこの作品にレアゾン・ホールディングスからは取締役CTO兼CHROの丹羽隆之氏が出演。配信に先立って9月26日に開催されたユナイテッド・シネマ豊洲での上映イベントでは、作品の内容を振り返りながら、各社のリーダーたちとともにデジタルネイティブ企業であるレアゾン・ホールディングスのDXへの取り組みと、生成AIなどの次世代の技術領域の活用法についてディスカッションしました。ここでは丹羽氏のコメントをピックアップ、再構成してお届けします。
INDEX
丹羽隆之
にわ たかゆき
株式会社レアゾン・ホールディングス 取締役 CTO 兼 CHRO
慶應義塾大学環境情報学部卒業後、株式会社セガに入社。1996年に株式会社スクウェア(当時)に転職し、LA、ハワイにてPlayStation向けに「パラサイト・イヴ」「ファイナルファンタジーIX」をバトルメインプログラマーとして制作。その後、DB、ネットワークに興味を持ち2001年より野村総合研究所にてシステム開発に従事。2007年からアメリカのベンチャーにシニアエンジニアとして参画。その後、マーベラスを含め複数社の役員、CTOを経験後、2017年より現職。
DXとは何だったのか
これまで70社の企業が登壇してきた『OPEN DX』。本作ではそれぞれに直面する課題を乗り越え、デジタル技術を駆使して新たな価値を創出してきた各社のリーダーたちが自社が取り組んできたDXについて語りました。
冒頭、テーマとなったのは「DXとは何だったのか」。『OPEN DX』の配信がスタートした2020年から数えて4年。この間、国内企業の多くがDXに取り組んできました。そのなかにあってITサービスを提供しているレアゾン・ホールディングスはもともとクラウドネイティブな企業であり、業務の多くはデジタル化されていました。こうした世の中の流れに対し、丹羽氏は「やはりDX、デジタルトランスフォーメーションという言葉を聞いたときは、自分たちは何をすべきかということをあらためて考えました」といいます。
自社のDXをどう進めていくのか。そこでレアゾン・ホールディングスが2022年に全社的なミッションとして掲げたのが「テクノロジーファースト」でした。
テクノロジーファーストとは、簡単に言うと「何かをしようというとき、まずデジタルやテクノロジーを使ってそれを行うことを考える」といった思考形態を表します。
「人間というのは何かでうまくいった場合、本能的にそのパターンを踏襲したがるものです。デジタルネイティブの企業の社員であっても、どうしても慣れたやりかたの方が結果やそれに要する時間も読みやすいのでそちらに流されてしまうのですが、そこを最新のデジタルやテクノロジーを活用することでもっといい方法はないかと常に考える。つまり行動変容を促すわけです。そうやってみると、DXとは使う側の意識改革や行動変容なのではないかと思えます」(丹羽氏)
DXに必要な成功体験とビジネスドメインへの深い理解
DXに取り組んでみると、実はいちばん難しいのがこの「意識改革」や「行動変容」だと、丹羽氏以外の出演者たちも語ります。ではその難しい「意識改革」と「行動変容」をどうしたら推進できるのか。鍵となるのは「小さな成功」です。トップやリーダーがいくらDXを唱えても、現場で働く社員にそれが浸透しなければDXは実現しません。そのためには誰もがDXを実感でき、かつ前向きに評価できる新技術が必要となります。レアゾン・ホールディングスの場合は、データサイエンス(データ分析)がその役を担いました。
「弊社にはグループ内にフードデリバリー事業のmenuがあります。menuの事業では、配達員の皆さんの仕組みなど、事業を効率的に動かすための情報が欠かせません。そこでデータ分析を導入してみたわけですが、思ったとおり、自分たちの事業分析が進み、それを活用した機能の進歩が見られました」(丹羽氏)
データ分析が事業に活用できる。menuで「小さな成功」を実感した丹羽氏が、次に取り組んだのがAI&データサイエンス部の創設でした。
「2年ほど前に専任のデータサイエンティストが集まる事業横断的なAI&データサイエンス部を作りました。これによってmenuにおいても検索やレコメンド、事業分析がより進むようになりました。また同時期にリリースされた『ブルーロック Project: World Champion』(以下、『ブルーロックPWC』)においては、データ分析を行ったところ、たいへんな売り上げをあげることができました。これは弊社にとって大きな成功体験となりました」(丹羽氏)
ゲームはもちろん、サービス的な事業で売り上げをあげるには、当然ながらユーザーの動きや心理を把握しなければなりません。「そのためにはデータサイエンティストであっても事業ごとのビジネスドメインを理解することが重要です」と丹羽氏は力説します。
「ゲームのどこでユーザーが離脱していくのか、どこがペインポイントになっているのか。『ブルーロックPWC』に携わるデータサイエンティストはみんなゲーム好きなので、ゲームで遊びながらユーザーと同じ体験を積み、データを見ながらゲームの中のどこがポイントなのかを判断しています」(丹羽氏)
予想外だったボトムからの行動変容
他にもレアゾン・ホールディングスではデータ分析基盤の構築が進むことで、プロモーション事業部においてもデータ分析のワークフローの自動化が実現し、人事本部や管理本部でもデジタル活用を基本としたワークフローが構築されました。またGoogle社から提供を受けたGenerative AI Skilling for OrgsというAIセッションを全従業員に公開し、社員のスキルアップを図っています。
こうしたDXの取り組みを進めるなかで、丹羽氏には意外なこともあったといいます。
「最初に私たちがテクノロジーファーストを掲げたときは、テクノロジーが好きで知識にも明るい人が集まった部署から進むものだと思っていました。ところが蓋を開けてみると、総務や法務などの部署が他に先んじてワークフローの自動化に取り組み始めたのです。これはまったく予想していなかったことで、担当者としては嬉しい限りでした」(丹羽氏)
一方で、そうしたボトムからの変化はDXの課題も浮き彫りにしました。
「社内のシステムはいろいろなSaaSを組み合わせて出来上がっています。そのため部署によって使っているサービスが異なっていたりします。ワークフローひとつとってもDXによって入口が増えてしまった感じで、現在はこれをもう少しまとめることはできないかと取り組んでいるところです。会社全体のITナレッジが上がるようにサポートしつつ統制もとっていかなければならない。これは弊社だけでなくDXに取り組んでいる企業の多くが苦労している点ではないでしょうか」(丹羽氏)
生成AIを活用した社内ポータルの設置と新たなサービスの創出
ディスカッションの後半では、新しい技術領域である生成AIに話が及びました。各社とも生成AIをいかに事業に導入し活用するか、それぞれに工夫を凝らしているなか、レアゾン・ホールディングスもまた生成AIを活用したアプリケーション作りなどに取り組んでいます。
「生成AIは学習したデータをもとに推論で動くものです。推論ですから精度はどんなに高くなっても100にはなりません。そこを100に近づけるには、常にプロンプトエンジニアリングやRAG(ラグ)、ファインチューニングといった技術で精度を上げていく必要があります。ですから、アプリケーションを作るにしても、生成AIを活用した場合はこれまでのアプリケーション作りとは作り方そのものが変わってくるのではないかという気がしています。これまでのアプリケーション作りは、きっちりとアーキテクチャを設計して、それに合わせて開発をステップバイステップで組んでいく形でしたが、生成AIを活用したアプリケーション開発では、その都度チューニングを加えていくような、トライが多いような作り方になるのではないかと予想しています。そのためにはエンジニアのマインドも変えていく必要があります」(丹羽氏)
今後、生成AIの活用は当たり前のように進めていく予定だと語る丹羽氏。生成AIには「優秀な人が多くの時間を取られている反復的な業務を代替してほしい」、「複数のクラウドやSaaSなどを組み合わせて煩雑になっている部分を学習し、ひとつひとつのワークフローとして実行できるようになってほしい」と期待しています。
では、AIが多くの業務を代替してくれるようになったとき、人間は何をすればいいのでしょうか。
「私たちは人間がすべきことは〈共創〉だと考えています。社員みんなが生成AIを活用して新規事業を考えて出しあう。これはAIだけではできない、人間にしかできない代替不可能な作業であり、最終的な価値といえるものではないでしょうか。そのために弊社では社員なら誰でも使える生成AIを使った社内ポータルを作ろうと考えています。そこにみんながAIで作ったものを出し合って新規事業に結びつけていく。弊社は新規事業に前向きな会社ですし、AIを活用したよりスピーディーな新サービスのリリースを目指しているところです」(丹羽氏)
加速していく生成AI技術にいかに追いついていくか
9月26日に行われたユナイテッド・シネマ豊洲での上映は撮影から2ヶ月後。ひさしぶりに集まった丹羽氏を含む出演者は「自分や他の出演者のみなさんが何を話したのか、振り返るよい機会となりました」と口を揃えました。
映像の終盤に丹羽氏の話した「生成AIを使った社内ポータル」はAnthropic社のAIモデルであるClaude3.5を使用した取り組みが進み、現在(2024年9月)はスタート直前といったところまできています。その過程で丹羽氏が感じたのは「自分たちの開発ペースよりもはやい技術の進歩」だといいます。
「例えば社内ポータルを作成するときは選択肢になかったGoogleのGeminiが、つい先日リリースされたGemini1.5Proだとコンテキストウインドウがものすごく大きくなりました。2ヶ月前の『OPEN DX THE FINAL』の撮影時は、チューニングにはRAGやファインチューニング、プロンプトエンジニアリングなどのいくつかの技術を使って、といった話をしていたと思いますが、現在はGemini1.5Proならばすべてプロンプトでいいのではないかというような状況になりました。こんなふうに生成AIの技術は本当に日進月歩で、そこに追いつくのが重要だとあらためて認識しているところです」(丹羽氏)
話題となった社内の生成AIポータル。実はこれは今年入社したばかりの新入社員が中心となって作ったものでした。丹羽氏は、当初、2、3週間、あるいは1ヶ月はかかるものと予想していましたが、実際にまかせてみるとわずか1週間で形になったといいます。
「いったいどうやったのって聞いたら、よくわからないけれど自分でLLMに聞きながら進めていたらできてしまいましたと説明してくれました。彼はもともとオープンマインドかつチャレンジングな人柄で、知っている知らないは関係ないけどやらせてくださいと自分から手を挙げるようなタイプの人なんです。だから抜擢したんだけど、やはりこういうタイプの人は伸びるし、DX推進のメンバーに向いているなと感じました」(丹羽氏)
DXを浸透させるには翻訳者が必要
作品中、DX推進の鍵としてボトムからの行動変容についてのエピソードが語られました。イベントでは逆に「DXに取り組むのにトップにOKと言わせる方法は?」という質問が寄せられました。
「私の場合、取締役のなかでCTOという立場にあります。自分の仕事は現場がやりたいことや入れたいものを他の取締役に対してわかるように解説する役だと思っています。弊社の場合は入社後の最初の技術的な取り組みがうまくいったことで、担当取締役である私も他の経営陣から信頼していただけています。そういう意味では比較的スムーズに仕事を進めさせていただいています。他社さんの場合でも、トップにうんと言わせるには、なぜDXが必要なのか、なぜこのツールが必要なのかといったことをわかりやすい言葉でトランスレートできる人を見つけて説明に当たってもらうのが早道ではないでしょうか」(丹羽氏)
社内でDXを進める場合、レイヤーによって異なる意見をいかにまとめていくかといった課題もあります。
「レアゾン・ホールディングスでは各事業の真ん中にデータサイエンスの部署を設けました。これによって、例えばの話、事業側がデータ分析の必要性は認めながらもコストは持ちたくないといったときでも、コストはホールディングス側で持つから進めてほしいというふうに話ができるようになりました。実際にやってみて、だいたいのことは話し合いで解決できるという手応えを感じています」(丹羽氏)
まとめ
クラウドネイティブであるレアゾン・ホールディングスがより進化するためのDX、テクノロジーファーストの概念について、また生成AIの活用、人間だからこそできる「共創」、そして大胆な若手の起用などについて忌憚なく述べた丹羽氏。全社的に開放される生成AI社内ポータルによってどんな新規事業が創出されるのか、いまから楽しみです。