ルーデルが語るデータ戦略の最前線と課題解決Q&A
2024年9月25日、ゲーム業界最大級のゲームデータカンファレンスである『ThinkingData Summit 2024 Tokyo』がベルサール半蔵門で開催されました。ゲーム業界の最前線を走るフロントランナーが集まるこのイベントでは、ゲームデータに携わる国内外のさまざまなスピーカーをゲストに迎えてのセッションが開かれました。そのなかのひとつ、「バンダイナムコとルーデルが語るデータ戦略の最前線と課題解決Q&A」には株式会社ルーデルから執行役員でソーシャルゲーム事業本部 データサイエンス部部長の吉永辰哉氏が登壇。ゲーム運営におけるデータ分析の重要性やデータ分析部門の組織運営、課題解決について、ルーデルの取り組みを紹介しました。
INDEX
吉永 辰哉
よしなが たつや
株式会社ルーデル 執行役員 ソーシャルゲーム事業本部 データサイエンス部 部長
データ基礎構築、データ分析、自然言語処理、画像解析などのデータサイエンス領域全般での活用支援を経験。マネジメント領域では組織組成と人材育成を含め、データサイエンスの仕組みを組織に定着させ、成果を上げることが強み。現在はルーデルのソーシャルゲーム事業で、データ・ドリブンなゲーム運営の推進を担当。
『ブルーロック Project: World Champion』のリリースをキッカケに誕生したデータサイエンス部
いまやゲーム運営において欠かせないものとなっているデータ分析。このパネルディスカッションでは、ファシリテーターである株式会社MOTTO 代表取締役の佐藤基氏の進行に沿って、株式会社バンダイナムコネクサス データ戦略部 ゼネラルマネージャーの松浦遼氏、そして吉永氏が、自社のデータ分析の手法や組織体制、組織を率いるリーダーとしての心構えなどについて語りました。後半にはイベント開催前から寄せられていた質問や来場者からの質問に答えるQ&Aの時間も設けられ、来場者にとって得るところの多い充実したパネルディスカッションとなりました。
冒頭、佐藤氏から尋ねられたのはデータ分析に関わる組織体制。吉永氏がルーデルに入社した約2年前は、実はまだ組織そのものが立ち上げの状態でした。
「私が入社したのは、ちょうど『ブルーロック Project: World Champion』(以下、『ブルーロックPWC』)のリリース2ヶ月前というタイミングでした。組織体制はもちろん、分析基盤なども1、2ヶ月で急いで立ち上げて、それをもとに現在の形へと拡大していったという感じです」(吉永氏)
こうして吉永氏をリーダーにできたのが、データ分析による事業成長を担う部署であるデータサイエンス部でした。同部では以下の業務を担当しています。
・ゲームタイトルごとのデータ分析
・全体横串のデータ分析
・複数タイトルの統括マネジメント
・プロモーション連携・新規と復帰ユーザーのKPI管理
・データ分析基盤の構築・管理
・新卒メンバーへの研修(SQL/ダッシュボード)
「全体を広くみたデータ分析から、タイトルごとの細かなユーザー分析まで行いますし、そのためのデータ分析基盤の管理も担当しています。
他にも、プロモーションチームと連携して、プロモーションの施策検討に携わったり、その効果測定を行ったりと他部門との連携もフロントで対応しています。
タイトルのディレクターを統括してゲーム運営そのものをディレクションしているメンバーもいますし、新商材のリリース前にどの程度の使用感になるかを最終チェックしているメンバーもします。分析業務に限定せず、事業に貢献できることはできる限り対応するようにしています。」
データサイエンス部のメンバーは「インターンも含めて12人」という体制。
事業が急成長中のルーデルの中で、データ分析を担当する組織であるデータサイエンス部も成長段階にあるといえます。
データ分析基盤の仕組みと成果
前述したように「リリースまで1、2ヶ月」という段階で急いで構築した『ブルーロックPWC』のデータ分析基盤は、突貫で作りあげたものでしたが、これがこのゲームではフルに活用されることになりました。
ここでデータ分析に詳しくない方に、データ分析基盤についてわかりやすく説明します。
データ分析基盤とは、分析用のデータを保管するデータベースであったり、そのデータを活用するためのシステム全般を指します。ゲームであれば、ユーザーがゲームをプレイしている本番環境のログをそのままコピーして、データ分析基盤内のデータレイクとして貯蔵、そこから複数のDWH(データウェアハウス)に加工してデータを保存、さらにこれを最終的にダッシュボードや分析者が使える状態であるデータマートに加工した上で保存します。
ダッシュボードにあらかじめ必要な集計をした状態を作り出し、Webでアクセスできるようにすることで、事業運営に必要なデータ分析の結果をスピーディーに確認することができます。
また、データサイエンティストやアナリストが、データベースへSQLで直接アクセスすることでダッシュボードにはない集計をスポットで行うこともできますし、抽出したデータをPythonやRなどのプログラミング言語を使用して深掘り分析したり、機械学習による要因分析や予測分析まで行うこともできます。
この時の注意点は、ダッシュボードを作っただけでは事業にデータ分析は定着しないということです。
「ダッシュボードは作って終わりではなく、使われなければ意味がありません。ダッシュボードを活用してもらうためには、データサイエンティストがその事業にしっかりと入りこんで、一緒に事業を進めていく必要があります。事業担当者も事業で成果を上げることに全力であるので、ダッシュボードの活用によって意思決定の精度が上がり、結果として成果が上がることがわかると自然と活用されるようになります。
ルーデルのゲーム運営ではこれが定着していて、プランナーからダッシュボードのこのセグメントを見る限り、こういうユーザーはこういう状態になっています、といったような話を聞くことができます。こういう話を聞くと、分析されたデータがゲーム運営にしっかり反映されているのが実感できて嬉しいですね」(吉永氏)
ダッシュボードには基礎KPIをはじめとした事業全般の状態を把握するための情報から、ユーザーの各コンテンツのプレイ回数や保持しているアイテム数と不足量、どういったキャラクターを中心にどのような組み合わせで使用しているかなど、細かなユーザー理解もできるようになっています。
これらを見ることで、ユーザーがゲームに飽きていないかや、プレイする上で不満に感じていることなどを把握し、必要に応じてアイテムの供給量を増やしたり、使いやすい組み合わせとなるように新商材を設計したりと、ユーザー満足度をアップさせる施策を取ることができます。
このようにダッシュボードによる基礎分析がデータ分析を専門としない部署のメンバーでも可能になったことから、データサイエンティストがさらに細かい分析に取り組めるようになりました。
ビジネスに貢献するデータサイエンティストになってほしい
データサイエンスというと極めて限定された専門領域の職種というイメージですが、吉永氏の考えるデータサイエンティストは少し違います。
「我々がとても大切にしている考え方に、ビジネスへの貢献というものがあります。どんなに時間をかけた分析でも、ビジネスへの貢献に関与しなければないのと同じ。人件費がかかっているわけですから、成果をあげなければただのコストになります。」(吉永氏)
そこで吉永氏が部署のメンバーと共有しているのが「売上・利益の最大化をゴールとすること」、そして「意思決定フローにデータの視点を組み込むこと」です。
「これはデータサイエンスの世界では結構あるあるの話だと思うんですけど、純粋にデータサイエンティストの好きなようにやってもらうと、分析することが目的になってしまって、その先のビジネス貢献の意識が弱くなりがちです。具体的には分析結果をレポートにまとめて報告して、聞く側も参考になりましたで終わってしまう。弊社では分析結果はあくまで根拠であり、それを伝えるだけでなく、具体的な対応や施策について提案し、一緒に施策の実行と効果測定まで踏み込んで行うことをゴールとしています。」(吉永氏)
メンバーに対しては技術だけでなく成果も要求する。そして、シンプルな技術でも良いからビジネス貢献を優先するというのが吉永氏の考え方です。
「簡単な料理でも美味しければ良い、という考え方ですね。これは弊社のデータサイエンスの特徴だと思っています。もちろん高度な技術による分析のような凝った料理を作ることで大きくビジネスへ貢献できればそれも良いのですが、スピード感が重視されるビジネスの前線では、簡単で早く食べられる料理が重宝される場面が多いのもまた事実です」(吉永氏)
データサイエンティストに何を求めるか
データサイエンス部のメンバーは現在は新卒採用が中心。まずはジュニアアナリスとしてキャリアをスタートし、SQLによる集計やダッシュボード作成を習得してもらいます。集計依頼の対応やダッシュボード作成ができるようになってから、アナリストもしくはデータエンジニアのキャリアを選択してもらいます。
アナリストはタイトル専任の分析官となり、前述してきたような形でデータ分析をゲーム運営に役立てていきます。
「アナリストは基礎集計を中心としたデータ活用で施策提案や効果測定まででき、担当タイトルの意思決定フローに自身が関与できていることを基準としています。さらに機械学習や統計解析、その他の細かい技術を習得して実務に活用することができてデータサイエンティストになります。データエンジニアになるメンバーはデータ分析基盤の構築や運用を担当することになります」(吉永氏)
データサイエンティストに求める要件は「1人ですべてが完結する人材」。
吉永氏はこれを「単独一点突破型」のデータサイエンティストと呼んでいます。
「弊社のデータサイエンティストには、集計対応、ダッシュボードの構築と管理、統計解析や機械学習によるデータ分析と施策提案、予測モデルの構築、関係各所とのコミュニケーションなどといった、想定される全ての役割を自分一人で完結することを求めています。データサイエンスに必要とされる役割を部分的に対応する職種を想定していません。コードを書くだけとか、予測モデルを作るだけとか、ダッシュボードを作成するだけとか、業務範囲を限定するようなことはしません。その分大変ではあると思うのですが、データサイエンティストとしての汎用性は高くなりますし、活躍できる場面が増えるという意味では市場価値も高くなると思います。前向きに捉えればそれだけ成長できる環境だと見ることもできます。」(吉永氏)
吉永氏が語ったデータサイエンティストの在り方。これと同時に重要と考えられているのが「ドメイン知識の獲得」です。
「ドメイン知識の獲得とは、わかりやすく言うと自社サービスを誰よりも深く理解するということです。ゲームの担当であれば、誰よりもゲームをやりこんで詳しくなることです」(吉永氏)
そう語る自分も「日頃からゲームはやりこんでいて、『ブルーロックPWC』ではリリース当初からかなりハマっていて、リリース3ヶ月くらいで60万円くらい課金していたのがバレた時は、まわりからちょっと引かれました」と笑う吉永氏。
「私は今でこそデータサイエンティストですが、社会人としてのキャリアの最初は営業でした。売上や利益を強く意識するのはそうした自分の経験が生きているのかもしれません。なのでデータサイエンス部でも、技術を使ってキレイにやっていますというよりは、どちらかというと泥臭く事業に貢献することを第一に組織を運営しています。メンバーにもできることは何でもやるようにと伝えながら事業を進めているといった状況です」(吉永氏)
パネルディスカッションに寄せられた質問のなかには、「データの意義やデータ分析の重要性をどうやって社内に文化的に浸透させてきたのでしょうか」という、まさにこうした吉永氏の組織運営に関連するものもありました。
「文化的に浸透させていくには、事業側に寄り添うことが大事だと思います。極端にいえば最初は分析は二の次で、とにかく事業側のスタッフと一緒にゲームの売上がどうやったら上がるかを考える。そうしたコミュニケーションの積み重ねの中で、同じ目線で考えていることを相手に知ってもらえれば、はじめて意見を聞いてもらえるようになります。そのときに出した意見にデータによる根拠が入っていれば、それがデータドリブンな意思決定につながっていきます。データを活用してもらえないと嘆いて立ち止まるのではなく、活用してもらうまでデータサイエンティストがリードする。データドリブンの最初の一歩は、データを飛び道具にせず、データサイエンティストがデータを武器としてビジネスに飛び込んでいくことから始まります」(吉永氏)
まとめ
この日、会場に集まった参加者のうち半数以上はデータ分析に関わる人々でした。ゲーム市場という巨大なマーケットの中で圧倒的な存在感を放つバンダイナムコ、そして『ブルーロックPWC』『キングダム 頂天』の大ヒットでより注目を浴びるようになったルーデル。このパネルディスカッションで紹介された両社のデータ分析、組織運営は、他社で活躍する皆さんにも大きな刺激となったはずです。
パネルディスカッションの最後は、吉永氏から参加者に向けてメッセージが贈られました。
「世間ではデータが大事と言われるようになっていますが、実際にやってみると難しく、なかなかうまくいかなかったり、そんなに重要視されずに終わってしまったというケースもよく耳にします。そんな中でデータサイエンスで事業貢献していくという同じ志を持ったみなさんは仲間だと思っています。広いようで狭くも感じる世界ですので、よかったらみなさん仲良くしてください」(吉永氏)