
今年の株式会社Adjust(以下、Adjust)が開催する「Adjust Ignite Tokyo 2025」のテーマは「新世界」。本イベントでは、あらゆる観点からパネルディスカッションや講演が行われ、変化の激しいアプリ業界において、いかに成長を促進し、新たな価値を創造していくかが議論された。 その中で、「最適なカスタマージャーニーの設計について」というテーマのトークセッションが行われ、その一人として弊社のグループ会社である株式会社ルーデル(以下、ルーデル)の吉永辰哉氏が登壇した。本稿では、吉永氏が語った内容をレポートする。
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吉永 辰哉
よしなが たつや
株式会社ルーデル 執行役員 ソーシャルゲーム事業本部 データサイエンス部 部長
データ基盤構築、データ分析、自然言語処理、画像解析などのデータサイエンス領域全般での活用支援を経験。マネジメント領域では組織組成と人材育成を含め、データサイエンスの仕組みを組織に定着させ、成果を上げることが強み。現在はルーデルのソーシャルゲーム事業で、データドリブンなゲーム運営の推進を担当している。
各社が有するサービス・プロダクトにおける最適なカスタマージャーニーの設計
本セッションでは、AdjustのAdjust Head of Customer Successである大杉健治氏がモデレーターを務め、トリビュー株式会社のマーケティング部の冨岡裕介氏、株式会社サイバーエージェントの宣伝本部アドストラテジー局マネージャーの中澤直哉氏とともに、「最適なカスタマージャーニーの設計」についてパネルディスカッション形式で議論が交わされた。AIによって最適なカスタマージャーニーを設計するツールも台頭する中で、各社がどのようにカスタマージャーニーと向き合っているかが深掘りされた。

ルーデルでは、主に「ブルーロック Project: World Champion」や「キングダム 頂天」といった有名漫画のIPを活用したゲーム、加えて自社オリジナルIPゲームの開発・運営を行っている。これらのゲームでは幅広いユーザー層が存在しており、カスタマージャーニーの観点においては、それぞれ異なるニーズを持つユーザーとの接点を効率よく設計することが重要な課題となっていた。
まず、吉永氏はソーシャルゲームにおけるカスタマージャーニーを「『新規ユーザー』と『既存ユーザー』の大きく2つに分けて考える」と説明した。

新規ユーザーのカスタマージャーニーは、一般的なカスタマージャーニーと同様のフェーズで構成され、既存ユーザーのカスタマージャーニーは、すでにゲームを遊んでいるユーザーの継続を促すためのものである。
同氏は、「新規ユーザーと既存ユーザーの行動は一見似ています。ですが、こうやって見ると行動に差がありますよね。さらに細分化して考えると、実は一口に『ユーザー』と言っても、いろいろなタイプが存在します。そのため、ユーザーを細かく定義して、それぞれに応じて施策を変える必要があるのです」と述べた。
特に、「価値実感」という言葉は新規・既存ユーザーで共通して用いられるが、新規ユーザーにおいてはゲームそのものの面白さへの「ハマり」を指し、既存ユーザーにおいては一度離れた後にその面白さを「再認識」したり、継続の動機付けを通じてその価値を「再実感」するニュアンスで使われるという。
ソーシャルゲームはオンライン空間で行動が完結するため、データが非常にきれいに取得できる環境にある。モニタリングについては、「ゲームの定着」は、例えば初めてから24時間以内のログイン、そして2日目、3日目、7日目といった継続的なログイン状況を確認することで測定される。

ゲーム内の「居場所」の重要性
「価値実感」については、単にゲームの面白さだけでなく、ソーシャルゲームの大きな価値である「ゲーム内の交流」にも着目している。ソーシャルゲームが、ユーザーにとっての「サードプレイス的な居場所」になることはよくある。チャット数などによって、ゲーム内の交流の頻度が測られ、「居場所」としての価値がどの程度なのかが把握できる。こうしたデータがユーザーの継続率の向上において重要な役割を果たしているのだ。
さらに、ユーザーは「新規」と「既存」の分類だけでなく、インストール時期(一般的に、ゲームリリース後すぐにインストールするユーザーはゲームに対する熱量が高いと考えられる)や、課金額に応じたロイヤルユーザーといった形で、細かくセグメントを分けて分析する。例えば、熱量の高いユーザーと、それ以外のユーザーなどによってユーザー分類をさらに細分化していくことで、それぞれのユーザーが何を求めているのか、どのようにハマるか、といった違いを把握することに繋がる、と同氏は説明した。
実践と成果のコツ「ユーザー目線」と「データ分析」の融合
成果を上げるための実践のコツとして、吉永氏は「『ユーザー目線』と『データ分析』の二つの視点を非常に重視している」と強調した。同氏の言う『ユーザー目線』とは、いわゆるゲームをやり込み抜いて培ったプロダクトへの深い理解、ということだ。同氏はこのことを「ドメイン知識」と表現している。
データ分析の担当者としては、分析スキルや客観的な数値を見る能力が当然求められるが、同氏は「『数値』だけで施策を方向づけしないように心がけている」と語る。同氏によると、ドメイン知識は「仮説」を立てる役割を担い、データ分析はその仮説を裏付ける「根拠」となる。これは、経験や主観で「アテ」をつけ、確度の高い仮説を絞り込むことを意味する。データだけを見て大量の仮説を立てるのではなく、ドメイン知識をもとに「ここが課題なのではないか」という確度の高い仮説を絞り込み、そこにデータを当てはめて確認していくアプローチが重要だという。
同氏率いるルーデルのデータサイエンス部では、「データドリブン」とはドメイン知識とデータ分析の組み合わせであると定義している。ドメイン知識を 「経験‧主観」、データ分析を「数値的根拠」と表現し、この二つを組み合わせることで「最強のデータドリブン」に繋がるとのことだ。

データドリブンとはデータだけで語ることではない
一般的にデータドリブンというと、データによる客観的事実に基づいた意思決定と考えられがちだが、カスタマージャーニーにおいては 「その限りではない」と吉永氏は語る。特に、成果を上げているサービスにおいては、ビジネス現場でのユーザー目線の感覚や主観が正しいケースが多い。その主観を軸としつつ、データからも客観的事実として追認する。データだけで把握しようとしても的外れとなるケースが多いという。
具体的な事例として、同氏は以下のように説明した。
- ドメイン知識がない場合:「あるコンテンツを繰り返し多くプレイするユーザーが継続する」という分析結果から、「継続のためには、このコンテンツへもっと誘導するべきだ」と理解する。
- ドメイン知識がある場合:ユーザーがそのコンテンツをプレイしているのは、「ゲーム内通貨が報酬となっており、真の目的はガチャを引くためである」と理解する。
つまり、ドメイン知識がなく、この切り口のデータだけだと、このコンテンツには継続させる力があると考察しがちだが、この場合の正しい理解は、熱量の高かった継続ユーザーはガチャを引くためにコンテンツを周回したということを定量的に確認しただけということになる。そもそも熱量をどう持たせるかが課題なのであって、熱量の高いユーザーの行動結果を定量的に示して、同じことをさせれば良いというのは施策としては効果が弱い。
このように、「ドメイン知識、すなわちユーザー目線があるかないかで、分析結果の解釈や導き出される施策の成否が大きく分かれる」と同氏は強調した。人の心の機微や深い感情まで理解しているドメイン知識とデータ分析を組み合わせた意思決定こそが重要となる。

まとめ:『新世界』におけるカスタマージャーニーと人間の役割
吉永氏にとっての「新世界」におけるカスタマージャーニーとは、サービスの「動脈」のようなものであるという。サービスの設計と運用が滞れば、ゲーム体験がユーザーに届かなくなるため、この「動脈」をいかに設計するかが重要な課題だという。そのために、「ユーザー目線」と「データ分析」の2つの視点を取り入れ、主観と客観の両面からユーザーを理解することが新世界のカスタマージャーニーである、と語った。